テレビのコメンテーターとして活躍し、最近は参政党の政調会長補佐に就任した
豊田真由子さん。
彼女は、誰もが驚くほどの輝かしい学歴と超エリートな経歴の持ち主だったのです。
今回は、豊田真由子さんの経歴や学歴を調査しました。
天才的頭脳で頭いい優秀すぎるエピソードも紹介しますので、最後までお付き合いください。
豊田真由子のwiki経歴、学歴!

豊田真由子の学歴は?
豊田真由子さんの学歴は誰もが驚く高学歴の持ち主ですが、
その片鱗は幼少期からあったようで
父と「論語」を読み、朱子の「少年老い易く学成り難し」のフレーズに
感銘を受けたと言います。
豊田真由子が卒業した小学校は「船橋市立法典東小学校」
三度の飯より勉強が好き(笑)。
他の子がゲーム好きとかサッカー好きとか言うように、
私は勉強するのが楽しかったんです。
父が就寝時間に厳しかったので、
夜は寝たふりをして布団の中にランプを入れて勉強をしていたくらい。
引用元:note
豊田真由子が卒業した中学校・高校は「桜蔭中学校・高等学校」
桜蔭学園は、女子御三家の一角として有名な進学校で、
中高は、女子校で唯一の高校別東大合格者数が毎年10位以内に入るほどの学校です。


成績順に答案が返却されるのですが、
私は昔から自分に対してとにかく厳しくて、
最初に名前を呼ばれて例えば95点でも
「どうしてちゃんとできなかったんだろう、ダメだなあ」
と本気で反省しました。
引用元:note
豊田真由子が卒業した大学は「東京大学法学部」
桜蔭中学校・高等学校ということで、
東大に進学することになった豊田真由子さん
「文科一類」に1993年入学し97年に卒業しています。

中学・高校時代は、6年間をクラス委員としていましたが、
周りの期待に応えることが重荷に感じ、息苦しくなっていったそうです。
そんな彼女は東京大学へ進学し・・・
大学で友人たちが、自分を理解してそのまま受け止めてくれて、
ただあなたといて楽しいから一緒にいるんだよ、
というのが、とてつもなくうれしかった。
初めて居場所を見つけた感じがしました。
中学1年生のころには、将来「官僚」になると決意。
大学のサークルは、「行政機構研究会」というところへ所属しました。
大学を卒業したのち、厚生労働省へ入省しました。
豊田真由子が卒業した大学院は「ハーバード大学大学院」
厚労省での努力が認められ、「国費留学生」という形でハーバード大学へ
留学、2002年に修士を取得しました。

豊田真由子さんは日本とアメリカのトップレベルの学校を卒業した高学歴の人物です
豊田真由子の主な経歴
1974年 千葉県船橋市生まれ
桜蔭中学校・高等学校卒業後、東京大学法学部入学・卒業
1997年 厚生省(現・厚生労働省)入省
2000年 国費留学生としてハーバード大学大学院へ留学、公衆衛生学分野で理学修士(2002年)取得
厚労省や金融庁、国際機関日本政府代表部(ジュネーブ)などで課長補佐や一等書記官などを歴任
2012年 自由民主党公認で衆議院議員(埼玉4区)初当選。第47回で再選。地盤・看板・カバンなしからのスタート
内閣府大臣政務官(オリンピック・パラリンピック担当)、文部科学大臣政務官(科学技術・イノベーション、スポーツ振興担当)、復興大臣政務官に就任
2017年、秘書への暴言・暴行報道で自民党を離党
その後はテレビやラジオのコメンテーター、講演活動を展開、社会福祉法人職員なども経験
天才的頭脳で頭いい優秀すぎるエピソード!3選!

豊田真由子さんは、暴言報道でのインパクトが強いために薄れてしまいましたが、
数々の実績があります。
それは、今までの努力の結晶と言っても過言ではありません。
①勉強が大好きすぎる
豊田真由子さんはなにより勉強が大好きなことで知られています。
知らないことを知るのが純粋に楽しいそうで
「三度の飯より勉強が好き」と公言しています。
また、父親が厳格な人で、寝る時間も厳しく決められていたにも関わらず、
夜中に布団の中で懐中電灯を使って、
隠れて勉強をしていたというエピソードがあります。
最高峰の学歴の持ち主で桜蔭中学・高校を卒業し、
東京大学法学部に進学、高校の同級生の約4分の1が東大に進学するほどの環境でしたが、
豊田さん自身も常にトップレベルの成績を維持していたことが伺えます。
さらに厚生労働省からの国費留学生としてハーバード大学公衆衛生大学院
に通い、理学修士号(公衆衛生学)を取得されています。

②政治家・官僚としての実績がすごい!
キャリア官僚として、また国会議員として、日本の政策立案に深く関わってきました。
多岐にわたる大臣政務官を歴任し、衆議院議員としては、
内閣府大臣政務官、文部科学大臣政務官、復興大臣政務官などを務め、その手腕を発揮しました。
厚生労働省では、医療、介護、福祉、少子化、感染症対策など幅広い分野の政策立案に携わりました。
③新型インフルエンザ・パンデミック
厚生労働省の官僚時代には、その専門性を活かして国際的な場面でも活躍されました。
2009年に新型インフルエンザのパンデミックが発生した際には、WHOと連携し、
在ジュネーブ国際機関日本政府代表部で一等書記官に抜擢され
WHO(世界保健機関)との連携業務に携わりました。
豊田真由子のwiki経歴、学歴!天才的頭脳で頭いい優秀すぎるエピソードも!|まとめ
豊田真由子さんは、大変すごい高学歴の持ち主で、努力家。
さらに意思の強い女性だということがわかりました。
ただ、その裏には多くの努力があったことでしょう!
いかがでしたでしょうか?
最後までお読みいただきありがとうございました。




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